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中川翔子の父の死因や享年は?画像や女性スキャンダルも気になる!

TVを見ていたら最近気になったACジャパンのCM。中川翔子さんが、「もっと生きたかったと思います。父の年齢を超えたからよく分かるんです。」と言って、骨髄バンクにドナー登録を推奨していました。え?ショコタンのお父さんって若くして亡くなられたの!?ってちょっと驚きでした。

今日はそんなショコタンのお父さんの中川勝彦(なかがわかつひこ)さんについて気になる情報調べて見ました!

プロフィール

名前:中川勝彦(なかがわかつひこ)
生年月日:1962年7月20日
出身地:東京都文京区
中学校:文京区立第六中学校
学歴:慶應義塾大学中退

かなりのイケメンですね!!

ロックミュージシャンとして活躍していた勝彦さん。俳優活動もされ、美しいルックスと天真爛漫なイメージでアイドル的路線タレントとしても、マルチに活動していました。

経歴

会社社長の長男として誕生し、裕福な少年時代を過ごしました。

中学卒業後、慶應義塾高等学校に入学し、バンド活動を始め、1980年の高校3年の時にNHK「ヤングミュージックフェスティバル」に出場したことが後にデビューのきっかけとなりました。

当時は本田恭章さんと人気を二分するほどでした。美しいルックスとは裏腹に、気さくで腰が低く茶目っ気のある人柄で関係者に親しまれました

 

デビュー後はCharとユニット「MAJI-MAGIC」を結成するなど、人を惹きつける不思議な魅了と力強さを兼ね備えた、伸びのある歌声で評価が高かった勝彦さん。

音楽活動と共に俳優やラジオのパーソナリティーとしても人気を博しました

プライベートとしては、当時交際していた女性が妊娠したことで結婚しました。そう、その時授かったのが中川翔子さんです。

当時はイメージダウンを恐れ、この事実は公表していなかったそうですが、その後タレント活動を始めた中川翔子さんが父親の存在を明らかにして、二人が親子だということが世に知れ渡りました。

絵心もあり、絵本の執筆なども行っていました。病床で描き上げ、1993年に刊行された絵本「未知の記憶〜Unknown Memory〜」は一度絶版になりましたが2011年3月に復刻版が発売されました。

また、勝彦さんは怪獣映画や漫画を大変好んでいて、翔子さんが漫画や特撮ファンになったのも、父親の影響なんだそう。

勝彦さんは多彩な才能を発揮していたことがよくわかりますね。

オタク系なところ、歌手や声優、女優業、絵が上手なところ、今の中川翔子さんはお父さんの影響を大きく受けているなと感じますね!

死因と享年は?

CM中にも流れていますが、勝彦さんは白血病を患い、1994年9月17日、32歳で亡くなられています。中川翔子さんがまだ9歳のときのことです。
1992年9月に急性骨髄性白血病を発症し、以後9か月の闘病生活を経て一度は復帰しましたが、1994年8月に再発したことがわかりそのまま帰らぬ人となりました。

勝彦さんの死はご家族にももちろん、多くの人に衝撃を与えました。

32歳だなんて、人生まだまだこれからだっただろうに、本当に悔やまれます。いつも明るく笑顔の印象がある中川翔子さんですが、そんな辛い過去があるとは知りませんでした。

女性スキャンダルとは・・・?

勝彦さんが亡くなられて17年後に女性スキャンダルが発覚してしまいました。
内容は、「妻ではない女性と性行為をしている写真24枚があるサイトにアップされた」という衝撃的なものです。

すぐにサイトは閉鎖され、今では写真を見つけることはできませんが、翔子さんは父の浮気を知って、しかも画像まで見せつけられて、大きなショックを受けてしまいました。その衝動で、9歳の誕生日に父親からもらった誕生日カードを捨ててしまったんだそうです。

なぜ亡くなられた後にこんなスキャンダルが出てくるのか、何が目的なのかはわかりませんが、娘としては知りたくなかったと思います。

まとめ

ミュージシャンとしても、俳優としても、ラジオパーソナリティとしても本当に多くの人に愛される、カリスマ性のあった勝彦さん。

“たられば”論ですが、もし勝彦さんがまだ生きていたら・・・どんなにすごい人物になっていただろうか・・どれだけ多くの人を魅了し続けていただろうか・・・

そして、中川翔子さんの中には確実にお父さんが存在しているな、と感じました。
中川勝彦さんのご冥福をお祈りいたします。